話しかける重要性

生まれたばかりの赤ちゃんは言葉を発することができない。
そのため、泣き声で自分の意志を伝えようとする。

ところが、これを理解していない親がイライラを募らせて虐待という、悲しいケースもあるのが事実。

では、こちらから話しかける言葉も理解できないのか。
そうではないらしい。
赤ちゃんは言葉を理解している。

それを踏まえ、常に声をかけること、時間があれば本を読むことを心がけたい。
返事はなくても声をかけ続けると、それを真似して早くに言葉を発することがある。

それだけでない。
人は言葉を発することによってコミュニケーションを図るということを教えることもできる。
話題を増やすことによって、赤ちゃんが触れる世界すら広げることができるのだ。

本を使って読み聞かせをすれば、その効果は倍増するだろう。
もちろん、人間に個性があるように、子供の発達にも個人差がある。

声をかけ続けたからと言って早くしゃべらない子もいるだろう。
しかし、無駄ではない。

世界を広げることは可能性を広げることにもつながる。
毎日の何気ない声かけ、本読みがその鍵になるのだ。
大人の赤ちゃんに対する思い込みを捨て去ることが、健やかなる育児に繋がっていくのではなかろうか。

親の都合の良いように、子どもは行動するはずが無いのである。
視野の狭い子育ては、子どもの可能性を潰す。

これなあに期

子育ても落ち着いてきて、子供が2歳代になると、物には名前がある事が分かってきて、何でも手当り次第に指差して、「これなあに?」と聞くようになりますね。
いわゆる質問期を私も経験しました。
同じ事をなんべんでも、毎日でも聞いてきます。

これは実は物の名前がわからないから聞いているのではなくて、答えてくれる人との関係を確認するために聞いているという話を聞いたのはもう3歳になりかかったころでしょうか。
たとえば長女が2歳の時、いつもはちゃんと「スリッパよ。」と答える所を、「これはエプロンよ。」と言ってみました。
すると娘はみるみるうちに顔に不安の色を浮かべ、ワーっと泣き出したのです。
いつもと違う答えに混乱したと同時に、お母さんという私の存在そのものに不安を感じたのでしょう。
あわてて「ああ、ごめんなさい。これはスリッパね。」と言い直したら安心して笑顔を見せてくれました。
1~2歳代の子供達が欲しているのは実際にある物というより、あくまで人との関係です。
ごく親しい特定の人(多くの場合、お母さん)との安定した関係を基礎にして、自分は働きかければ答えてもらえるんだという感じ=有能感を確認するのですね。
そして、大切にされている、守ってくれる人がいるという事を確認しつつ、毎日の生活の中で自分の居場所がやっと分かって来るのでしょうか。
最近は絵本をよく読んであげています。
内容が分かっているのかは不思議ですが、同じ本をやはり何度も何度も読んであげています。
小説好きの夫ににて、本の虫といったところでしょうか。

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